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広島高等裁判所 昭和59年(ネ)234号 判決

控訴人(原告)

小田昭男

被控訴人(被告)

国本祺祚こと李祺祚

主文

原判決を取消す。

本件を広島地方裁判所福山支部へ差戻す。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一二五万円とこれに対する昭和五六年九月一八日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、控訴人が当審で後記のとおり付加して陳述したほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決一〇枚目表九行目の「時効中断の効力に関するものではない。」を削る。)。

(控訴人の当審における追加的主張)

民事調停法一九条が民法一五一条の特則であるとしても、控訴人の調停申立による請求には民法一五三条の催告の効力があり、その効力は調停係続中は継続しているとみられる。従つて、右調停が不成立に終つた昭和五六年五月一五日から六か月以内に提起された本訴により、本件損害賠償請求権の消滅時効が中断したことは明らかである。それゆえ予備的に右による時効中断の主張をする。

三 証拠の関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1・2の事実は当事者間に争いがない。

そこで、控訴人主張の後遺障害による損害賠償請求権につき、その有無の点を措いて被控訴人主張の消滅時効による請求権消滅の抗弁とこれに対する控訴人主張の時効の中断の再抗弁について考究する。

本件交通事故発生日(昭和四九年六月二七日)の翌日から三年経過後の昭和五六年六月一〇日に至つて本訴が提起されていることは訴訟上明らかである。そして、右事故発生日の翌日から三年経過前、つまり消滅時効進行中の昭和五二年六月一七日控訴人が被控訴人を相手方として福山簡易裁判所に本件交通事故に基づく損害賠償の調停を申立て、昭和五六年五月一五日右調停が不成立に終つたことは当事者間に争いがなく、控訴人が即日右調停不成立の旨告知されたことは成立に争いのない甲第七号証により明らかである。本訴の提起は、民事調停法一九条所定の調停申立人が調停不成立のときその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起した場合に該らず、それ故同条所定の調停申立の時にその訴の提起があつたものとみなされないことは明らかである。ところで、民法一五一条前段の和解のためにする呼出において和解が不成立に終つた場合には、その和解期日後一か月以内に訴を提起すれば(訴が却下或いは取下により終了しない限り)右和解申立の時から生じた時効中断の効力が維持されるとの定めがあり、本訴提起が右の定めによる一か月の期間内であることも亦明らかである。そして、我が民法制定当時いまだ調停制度が設けられていなかつたので、民法一五一条は、民訴法三五六条の和解の場合のほか、その後設けられるに至つた各種調停制度の調停の申立の場合にも、同等の性質を有するが故に類推適用されるべきものと解されてきたのである(大審院昭和一六年(オ)第九三二号、同年一〇月二九日判決民集二〇巻一三六七頁参照)。その後、昭和二六年法律第二百二十二号として同年一〇月一日から施行された民事調停法一九条が消滅時効の中断の要件をも定めたものか、或いは単に訴提起の効果を付与したにとどまるものと解すべきかにつき考えてみる。同条は調停の申立をした者が調停係属中に出訴期間を徒過することによつてこうむる法律上の不利益を防止し、調停制度の利用者の保護を図つたものであることは、その立法の経緯に照らし明かである。そしてそれと共に右規定の新設が時効中断事由に関してもまさに明文をもつて規定したものであると解する見解の存することは、広く世に知られているところではある。もしそうであれば、従来民法一五一条前段の類推適用により保護されていた調停申立人が、同条による保護より却つて不利な扱いを受ける結果となり、かくの如きことは、調停制度利用者の保護を図つた民事調停法一九条の法意に則した解釈とは到底言い難い(立法当時、民事調停法の原案が当初法制審議会民事訴訟部会に諮問された際は、現一九条の規定はなく、実務家である調停委員の代表が臨時委員に選任され右部会に参加し提案した結果採用されたものであるが、その際に従前の前記大審院以来の解釈を是正すべきであるとの意見が存したことは考えられない。)。同条は「二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起したときは、調停の申立の時に、その訴の提起があつたものとみなす」と規定(家事審判法二六条二項にも同旨の規定がある。)し、これは起訴前の和解に関する民訴法三五六条三項が「和解調ハサル場合ニ於テ裁判所ハ和解ノ期日ニ出頭シタル当事者双方ノ申立アルトキハ直ニ訴訟ノ弁論ヲ命ス此ノ場合ニ於テハ和解ノ申立ヲ為シタル者ハ其ノ申立ヲ為シタル時ニ於テ訴ヲ提起シタルモノト看做シ和解ノ費用ハ之ヲ訴訟費用ノ一部トス」と規定しているのと軌を一にしている。同条項(民訴法三五六条三項)は起訴前の和解不成立のときの消滅時効中断のための特則ではなく、和解申立人を保護するために、和解申立時に訴提起の効果を与えているに過ぎないことは、民法一五一条前段と対比して明白である。それ故、民訴法三五六条三項により当事者双方の申立により裁判所が弁論を命じて和解申立時に訴提起があつたものと看做された場合は、右和解申立をした時に当然民訴法二三五条、民法一四七条一号により消滅時効中断の効果が生じるけれども、右当事者双方の申立に至らなくとも、民法一五一条前段により和解不成立後一か月以内に訴が提起されれば無論和解申立時に生じた時効中断の効果は維持されるものである。このことは民事調停法一九条の場合も全く同様である。調停不成立の告知の日から二週間以内に訴が提起され、調停申立時に訴提起があつたものと看做された場合は、当然その効果として民訴法二三五条、民法一四七条一号、一四九条により消滅時効中断の効果が生じ、右期間を徒過しても右告知の日から一か月以内に訴が提起されれば消滅時効の中断に関する限り民法一五一条前段により調停申立時に中断の効果を生じるものと解するのが相当である。前記のように、民事調停法一九条をもつて民法一五一条の特則であるとする見解は、原則として訴訟前に権利行使のため裁判所を利用するための一定の手続と、その後の訴訟手続とを接合移行せしめる制度的措置の規定と、より一般的な消滅時効中断の効果の発生の要件に関する規定とを混同ないしは同視した重大な過誤によるものであり、あまつさえ前記民法一五一条の「和解」に民事調停法による「調停」の申立を含ましめる従来の扱いを、ことさら申立人に不利に解釈すべき合理的な説明は何らなされていない。右見解は採用するに由ないものというべきである。したがつて調停申立人は調停不調後一か月内であれば、ただに訴提起のみならず差押、仮差押、仮処分によつてもその中断効を補充する(遡及効ではない)ことができるものと解せられる。よつて控訴人の消滅時効中断の再抗弁は理由がある。

二  されば、原審が当裁判所の左袒できない論拠により右再抗弁を理由なしとして却けたのは不当である。よつて原審をして前記後遺障害の程度及びそれによる賠償請求権の存否内容等につき更に審理を尽させ判断させるのを相当と考え、民訴法三八六条、三八九条一項により、主文のとおり判決する。

(裁判官 安井章 中村行雄 池田克俊)

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